ネパール地震2年 報告

●ラップラック村現地レポート⑤ 暮らしと医療
ちょうど2年前の今頃、ネパール入りして数カ所での支援活動を行い帰国。その後、新大阪の津田さん整体道場や日本財団、フェニックス救援隊日比谷報告会などでこれから現地入りする天人ジュンさんと報告し寄付を託した。 (その後の競艇選手長嶋マキさんからのチャリティー支援等も学用品や折紙教室、波板や木材等資材に活用)

ネパール入りしたジュンさんと写真家石川梵さんがカトマンズでラップラックソサエティーと打ち合わせして、モンスーン時期前対策に600枚のプライウッド(コンパネ)をお互いの寄付を合わせて運び込むことになった。(4WD中型トラック輸送費込み、80万円)

今回の訪問でプライウッドの活用状況を調べたが、標高3200mの避難場所テント中に冷たいモンスーン雨の侵入を防げない中、弾力性があり子供たち数人が寝られるプライウッドは「本当に助かりました…!」という。

現在、そのテント村は全撤去され新しい村が建設されているが、元のラップラック村に住民達はプライウッドを運び、それぞれ活用している。(保管している方々もいる)

ラップラック村の看護師ヤムクマリさんに話を伺ったが、震災後、長期体調不良や精神的に病んでしまった方々は約4名、その他風邪や下痢、頭痛や高血圧などの相談はあるという。

ラップラック村の診療所は地震で倒壊したままで、標高3100mのグプシ地区(新しい村)に登り若手看護師と今後の打ち合わせを行っている。

滞在中、トイレ作製中の様子を見たが、穴を掘り石を積み重ねてコンクリートで蓋をして隣に便座を作製する方法なので、満杯になったり、雨期の雨が流入し汚水が流れた下流地区の方々の衛生管理も課題だろう…  ●ラップラック村現地レポート⑥ 選挙
5月9日からネパールで選挙が始まり、ラップラック村では6村地域での選挙戦となる。
ラップラックソサエティーで奮闘しているサントスさんも候補者の一人として立候補予定で各地で集会を開く。投票用紙は政党名の絵文字をチェックする方法。

建設中の新しい村での打ち合わせにも顔出ししているが、写真家石川梵さんによると標高3200mの575世帯集合住宅地は各世帯の負担金があり前途多難だ…

アクセスの課題もあり、カトマンズからバルパック村行きのバスでさえ、「この先、天候悪化予想と道が悪くなるので、この村で止まります…」と残り標高差800m、約15キロを荷物抱えて歩くことになる。荷物の多いおばちゃん達は怒っていた…(運がよければ、4WDトラクター荷車に載せてもらえる)

バルパック村から山越えの悪路も民間業者が改修工事しているが、モンスーン雨が簡単に道を川とする…
二つのラップラック村の行方、当選したリーダーに期待するしかない。(おわり)

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